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今回ご紹介する庭作りは商業空間の庭、室内の庭です。
室内の庭作りには様々な制約があり、材料の搬入や工期、段取り、養生等、通常の庭作りとはまた違った意味で気を遣います。
店の雰囲気や目的、客層を意識しながら、来店する不特定多数の人に心地よい空間と時間を提供する一助の役を担うのが、商業空間の庭の役割と考えます。
そんなところが、そこに住む家族のためだけに作る、個人邸の庭と大きく違うところではないかと思います。
今回施工したのは飲食店の庭、開店前の新築工事ではなく、すでに営業を開始している店の改修に携わりました。
なお、完成した庭の様子は、コンテンツの2007作庭紹介「夜空を走る粋星の庭」の方でも紹介していますので、併せてご覧下さい。
店の名は「酒食彩宴 粋」と言って、地産の素材を美味しくいただける創作料理のお店。店内にはジャズが流れ、洒落た作りの個室が多いことから、女性客にも人気の店です。「粋」を辞書引きすると「モダン」とか「真髄」、「垢抜けた」、「乙な」などと出てきます。そんな客層を意識しながら、店名の『粋』と『彩』をキーワードに、粋で彩りのある空間、内外装のシックな雰囲気と調和する、和風モダンな空間を考えました。
施工前の外観です。黒い透かしの板塀の裏側が今回改修する庭で、外から見る前庭と、中から見る中庭としての役を兼ねたような作りです。庭には、二つの席が面しています。奥行きが無いので、席に座ると庭の地盤は見えません。夜ライトアップされると外の視線が気になります。落ち着いて食事を楽しむためにも、内外の視線を穏やかに遮る工夫と、外観と調和する造園空間を創作するのが今回のご依頼です。奥行き1,5mも無いこの空間で、「目隠し」と「見せる」ことの相反する二つの条件を満たすにはどうしたらよいのか、難しい仕事です。
庭内には黒砂利が敷かれ、観葉植物の植木鉢などが置かれていました。作業は、既存物を撤去することから始まります。砂利は再利用しますので、袋に入れて別の場所に寄せておきます。
今回描いた平面図とラフスケッチです。設計説明や今後の管理、作庭による効果なども添付しています。お施主さんからはこれで了承をいただいていて、この図面を元に庭を作っていくのですが、現場には図面を持ち込みません。現場は、図面を描く机の上とは違う、現実の世界です。図面や見積書には表せない微妙な雰囲気を、現場の感覚で創り上げていきます。
下地の砕石を寄せると、コンクリートの地盤が出てきました。チョークで、庭の造作の位置出しをしています。席に座す来客の視界に庭を入れるために、寄せた砕石の高さまで庭地盤を高くすることにしました。植木鉢も見えますが、やはり目隠しは植木で行うことに。簾を取り付けるという案もありましたが、この黒い透かし塀は店内に明かりを取り込むという効果も持つので、それを活かすには、枝葉の間から適度に視線が抜け、柔らかに目隠しをするような樹木しかないということになりました。しかし下はコンクリートなので客土は出来ません。しかも雨の当たらない軒下、植物には大変厳しい条件です。
植木を仮置きしてバランスを見ます。後で、庭の地模様との絡みも出てくるので、位置極めは慎重に行います。場所が狭く、先に植木を極めてしまうと他の作業の支障になるので、バランスを見たらまた撤去して、庭の造作が完成するまで待ちます。地植え出来る野外では必要の無い作業ですが、室内では何かと細かい作業が増えますね。鉢は2段重ねにして、下の部分は砕石に埋めました。管理などの時に鉢を取り出しやすいようにするためと、むき出しの鉢は無粋なので、この鉢を隠すためです。位置が決まったら、鉢植えの作業に掛かります。
席に座した客が外からの視線を気にするのは、庭の中に見所が無いということでもあります。客の視線を外ではなく庭の中に持ってくるために、眺めのポイントとして手水鉢を置くことにしました。高さや位置取りを決めるには、微調整にかなりの時間を要しますが、なにせ窓が開かないので声が聞こえず、目の前に居るスタッフに身振り手振り、携帯電話で指示を送らなければなりませんでした。こんな仕事は初めてです(笑)。午前中は店が閉まっているので店の中には入れません。中からの確認が必要な作業は午後から。段取りにも一苦労です。
今回使う水鉢は大理石の板石です。店の雰囲気を考え、現代感覚の創作手水鉢にしようと思いました。既製品をそのまま使うのでは面白みがありません。本来水鉢ではないものを見立て、一手間掛けた物を使うことで、どこにもないオリジナルな庭になります。仮置きの時点ではまだ水穴は開いていません。仮置きして見たバランスで水穴の深さや大きさを決めるので、現場加工です。大理石を使うのは初めてですが、案外固くて、1、5cm下げるのに1日以上掛かりました。水の力は不思議です。小さな水穴のわずかな深みでも、そこに水があると全く雰囲気が変わります。水面に木の葉や花びらを浮かべても風情になり、様々な演出を楽しめます。水鉢職人?のK君も、今回で加工は2作目。素材作りから自分の手でやると庭に愛着が湧きます。自作の物が庭に入ると、完成の喜びもひとしおです。
さて今度は石積です。砕石で地盤を底上げするためには、土留めとなる外枠を作ります。積むのは表からですが、塀の板の下ギリギリまで積むので、裏側には手が入りません。塀の裏にもう一人居て、裏込めのモルタルを詰めています。通常一人で出来る作業を二人掛かりでやるので、よけいに手間が掛かります。裏表で縄の結束をする竹垣の作業のようです。石材は地産の割栗石。濡らすと黒光りすることから、建物の外装や、柱の黒い基礎石と合わせました。
石積みが極まったそばから植木鉢を置き、砕石を搬入、地盤を作っていきます。植木鉢の位置には事前にチョークで印を付けていました。初めから設置していると、何しろ場所が狭いので石積みが出来ないのです。店は5時には開店、お客さんが入るので、迷惑にならないように時間に合わせて仕舞わなければなりません。玄関前なので、安全と美観のためにも散らかしっぱなしにはしておけない。トラックを駐車したまま仕事できればいいのですが、ここは幅員も無く、しかも駐車禁止。毎日散乱した石をかたずけては車に積み込み、また翌日降ろすという作業が4日続きました。これが無ければかなり仕事もはかどるのですが、幸い、工期の締め切りは無いので、新装開店に間に合わせてやる突貫工事に比べたら幸せです。
さて今度は何を作っているのでしょうか。今度は左官職人?のO君の仕事です。目立たないものですが、これが無いと困るのです。やったことの無い仕上げですが、にわか左官が見様見真似でやってみました。何に使うかは、後のお楽しみです(笑)。 道行く人から『アンタは何屋さんかね?』と訊かれて戸惑うO君でしたが、「僕は植木屋です。」と答えていました。エライぞ。そうだ、俺達は植木屋だ(笑)。
そんなことをしている間にも石積みが完成。植木鉢を据え、砕石を敷きこみます。早くしないと、もうすぐ5時になります。工事中でもお客さんは入ります。一日一日、ある程度の見映えがするように、切りのいい所まで仕上げておかなければなりません。
外枠の石積みが完了。今度は、手水鉢の台石作りです。これも同じ石で、石積みでやります。当初はミカゲの台石を予定していましたが、水鉢を大理石に変更したのに合わせ、変えました。夜空の庭なので、三日月を意識して積んでいます。石積みの芯には排水枡を利用しました。この石積みも1日掛かり。もう夕方です。店のライトが付きました。早くかたづけないとお客さんが来ます。
石積みのモルタルが固まるのを待って、筧から水を落とす試験です。前日O君が作っていたものが、ここで登場します。正体は・・・筧の立ち上がりでした。当初、ライトに映えるようにとガラスで筧を作れないかと思いましたが、諸々の事情で断念。台石の形も石積に変更になり、当初予定した筧の場所が狭苦しくなってきたので、位置も変わりました。O君には、擬態というか、「木の枝になりすました虫を意識して作ってくれ!」と頼みました(笑)。立ち上がりを壁の仕上げと同じにすることで、壁から筧が出ているように見せたいという企み、苦肉の策です。筧はステンレス製、今回初めて試しましたが、シャープで冷たい感じが現代感覚の庭には合うのではないかと思います。
水鉢の形も段々変わっていきました。設計ではそもそも、織部灯篭の笠石を水鉢に加工して使用する予定でしたが、素材探しの最中に大理石と出会ってしまい、変更になりました(笑)。四角い水鉢にしたのは、店のロゴに合わせたもので、壁のロゴが庭に舞い降りてくるというイメージです。筧も当初は予定に無かったものですが、せっかくなので水を落としてみよう、ということで急遽取り付けたもの。本当に、現場で考えがコロコロと変わりますが、庭が良くなるに越したことはありません。閃きを我慢すると後で必ず後悔します。微調整どころではありませんね(笑)。
そして、メインは砂利の洗い出し。夜空を走る彗星を表現します。この日は台風の影響で気温が37度まで上がりました。そんな中、この狭い所に、むさくるしい男が3人。黙っていても汗が吹き出てきます。左官仕事には一服や昼食も関係なくなります。人よりも土やセメントの都合が大事。でも一服しないと体が持ちません。日は当たらないので熱中症にはなりませんが、脱水症状を起こさないように、各自手が空いた時に、水分を補給しながらの作業です。
洗い出しや石積みは、塀の仕切りを超えて、通路側まではみ出させました。仕切られた狭い所にこじんまりと作ると、より狭さが強調されます。わざと通路にはみ出させることで庭に広がりを感じさせ、建物との繋がりを良くします。前庭部まで庭を出してくると中の庭が気になってきます。通行者や来客に興味を持たせ、店内への期待感を抱かせるという効果も狙いました。石積みの足元には最初に寄せておいた黒那智石を敷き、石積みの足元のモルタルを隠し、モルタル仕上げの通路とのジョイントにします。
洗い出しも完成、いよいよ植栽。鉢植えを設置します。植木はナンテンを選びました。ナンテンは「南天」と書くように、夜空を表現した庭にはうってつけです。狭い空間、屋根下などの場所には葉張りの出る物、高さの出る物は不向きです。竹かナンテンを考えていましたが、幹の線が柔らかく上品なナンテンを選びました。日陰に強く、樹形も幅を取らず、株立ちなので間引きで高さを調整、更新できるので、見苦しく切り詰める必要もありません。自然で柔らかい仕上がりを楽しめます。鉢植えの縁はスプレーなどで砂利や洗い出しに近い色にし、鉢の中にも砂利を敷きましたが(これは水やり時の土の飛散も兼ねています)、石や土は打ち水で色が変わりますから、やはりその違和感は残ります。室内庭園の課題です。
洗い出しの先にはこんなものが。彗星の頭はガラス球でした。このガラス玉は、漁の時に使う「浮き」です。今ではプラスチック製のものに変わりましたが、昔はよく使われていました。この店のある能代市は日本海側に面していて、隣町の八峰町には漁港があります。彗星の頭の成分は氷や岩石のカケラでできているんだそうですが、それをガラス玉で表現しました。このガラス玉が見える部屋は水鉢のある部屋の隣になるので、このガラス球が見所になります。ガラスはライトに映えるのと、地産地消をうたう店なので、地元のものを見立てて使ってみようと思いました。
洗い出しが固まるのを待って完成。最後に、建物の外壁や窓ガラス、通路などを綺麗に掃除します。店内から見た庭、壁の四角いロゴが四角い影を作り、庭に繋がっているのがわかるでしょうか。
あとがき
設計時、作庭の効果として、
1. 外からも庭を見せることで、通行者にも店に興味を湧かせる。
2. 現代的で洒落た空間は店内への期待感をより増幅させ、明るく動きのある庭は食事を捗らせる。
3. 食事待ち、人待ちの一時を、庭を見ながら心地よく過ごせる。
4. 連続性のある変化に富んだ庭を作ることで、今度は隣の部屋でも食事をしてみたいという思いを抱かせる。「彩(さい)の庭」で「再」を呼ぶ。
5. 飾り蹲踞や石庭などのありふれた店舗の庭は、ほとんどが体裁だけの場所潰しで、物置と化しているような感がある。目の向けられない庭ほど悲しいものはない。独創性のある庭を作ることで、店の『粋』なイメージをさらに強調できる。
6. 外からの視線を感じながら食事をしなければならないというマイナスイメージを、ここに座れば庭を見ながら食事が出来るというプラスに変える。窓際の席が特等席になるような、そんな特別な空間を創出。
という利点をお話させていただきました。さて、その効果は現れているでしょうか。
ということで、完成数日後、それを確認すべく庭の会のメンバーで、完成見学会を兼ねて夜お邪魔してきました(もちろんお客としてです。笑)。 自分が作った庭のお店でお酒が飲めるというのは、何という幸せでしょう。
酒好きの植木屋にはたまらない喜び、植木屋冥利に尽きますね。美味しい料理に舌鼓を打ち、とても幸せな時間を過ごせました。
工事を振り返ると、現場が止まって仕事が長引かないように効率よい段取りを心掛けましたが、作り手のわがままな閃きによって3日の工期が5日に延びてしまったのは申し訳ないことでした。
引渡しの日は台風が直撃するという日でしたが、何とか最終点検を終え、お施主さんに引き渡すことが出来て一安心です。 スタッフそれぞれの手(自作)が残る庭に、皆も感慨深げ。室内庭園、商業空間の庭はあまり経験がないのですが、本当にいい機会をいただけました。
お店がより繁盛しますことを心からご祈念しております。
2007年 8月 作庭地 能代市
→作庭集