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街路樹(イチョウ)の透かし剪定

 

今回、市の仕事で能代市二ツ井町内の街路樹の剪定を行いました。
街路樹本来の役目である、街並の景観作りと夏場の心地よい木陰の提供を第一に、新生能代市のスローガン、「水と緑の環境の街」の実現に向けた、新たな取り組みの一つとして行わせていただきました。(能代市と私の住む二ツ井町は、昨春合併しました。)

旧町道で街路樹のある所はここだけですから、とても貴重な緑の景観です。
イチョウはよく神社などに植えられるように神の宿る木でもありますが、こちらの川向には、その名も銀杏神社という社があって、そこには樹齢600年を越える大木があります。イチョウがイチョウらしく存在する姿はまさに神々しく、もしかしたらこの街路が神社へと向かう参道という意味で植えられたのかもしれないと思うと、これから行う剪定を前に緊張が高まりました。
バチバチ切ったらバチが当たりますから(笑)。

 

 

剪定前の街路の風景

剪定前の街路の風景

剪定後の様子

剪定後の様子

この街路樹は旧町の中心部にあり、樹齢40年ほどのイチョウです。
5年ほど前に大幅な強剪定が行われたこともあり、ブツブツと切られた所から芽吹いた枝が乱立して、街並の景観にそぐわない姿になっていました。
全国的に、イチョウはブツ切りされてしまう傾向にありますが、イチョウは強剪定に耐えるというだけで、木がそのやり方を好むというわけではありません。
以前から街路樹のブツ切り剪定については疑問に思っておりましたので、今回、剪定法の仕様確認の中で、車両や歩行者の支障にならない程度に枝張りを残し、枝先を切り詰めず枝で抜いていくという「透かし」剪定を行わせてもらうことになりました。

 

 

 

剪定前のイチョウ

剪定前のイチョウ

「透かし」の手法で剪定されたイチョウ

「透かし」の手法で剪定されたイチョウ

 

「透かし」剪定とは、木への負担を最小限に抑える、樹木にとって最良の剪定法だと考えています。街路樹の中ではケヤキなどによく使われる、樹木本来の樹形を活かす剪定法です。逆に、ブツブツと切るやり方は「刈り込み」と呼ばれますが、この剪定法は木への負担を増すばかりか、木の健やかな成長や生理を狂わせ、樹形を乱す元になります。上に伸びる徒長枝は勢いよくどこまでも伸びていきますが、柔らかい素直な横枝はそれほど急激に伸張するわけではないので、そんな枝は残すべきです。一般的な冬期剪定では、春に芽吹くはずの休眠芽もすべて切り取ってしまいますが、それが樹木の成長を調整する最良の方法だとは思いません。

 

乱立した芯梢を抜いていく作業

乱立した芯梢を抜いていく作業

体も入らないほど混んだ枝を抜いていく

体も入らないほど混んだ枝を抜いていく

 

 

 

 

この状態から枝を抜いていく

この状態から枝を抜いていく

枝先を詰めずに枝張りを出す

枝先を詰めずに枝張りを出す

 

枝を切り残せば、そこから必要以上に新芽が吹くか、幹の内部まで腐りが入るかのどちらかです。幹元や枝元からスパッと綺麗に切り取れば、その後のカルス(元の状態に戻ろうとする細胞の塊)の形成が早まり、樹皮が巻いてきて、やがて切り口は隠れます。人の体も、切り傷がカサブタになって元に戻りますが、それと一緒です。「切る」ということは「傷つける」ということです。切るべきところで綺麗に切ってあげれば、木も治りが早いのです。切り残しをそのままにしておいても傷はふさがりません。そんな、以前の剪定で切り残された枝も、今回丁寧に切り戻しました。

 

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枝を切り残すとカルスの形成を阻む

枝を切り残すとカルスの形成を阻む

樹皮が裂けたり、切る角度が悪いとカルスは巻かない

樹皮が裂けたり、切る角度が悪いとカルスは巻かない

 

これまで、幹の太い所から途中で切るやり方が繰り返し行われていたようですので、木自体がかなり変形しています。ここは電線の支障にもなりませんので、これまでのやり方と変えて、芯梢を残しました。

 

 

ブツ切り後芯梢が乱立し混み合った内部の様子

ブツ切り後、芯梢が乱立し、
混み合った内部の様子

混み合った枝を抜き、内部に空間を作る

混み合った枝を抜き、内部に空間を作る

 

 

 

 

樹冠のバランス上、一本の芯には出来ない状態の木もあり、2本立ち、3本立ちにしたケースもあります。イチョウやプラタナスなどは、たいていが直幹仕立てにして芯梢を一本にするようですが、中国やヨーロッパでは双幹(二股)にしたり、枝を広げるような作り方をしているところもあるようです。街路樹は、必ずしも直幹にしなければならないというわけではありません。大都市のやり方を秋田の田舎町で真似ても意味がありません。この場所、この木の今の状態に合わせたやり方でやることが大切なのではないかと思います。

 

一本立ち例 1

一本立ち例 1

一本立ち例 2

一本立ち例 2

 

一本立ち例 3

一本立ち例 3

一本立ち例 4

一本立ち例 4

 

二本立ち例 1

二本立ち例 1

二本立ち例 2

二本立ち例 2

車道側は、高さのある除雪車の作業の支障になる下枝を元から払いました。小枝が有る場合は残しています。歩道側は歩行者の高さに合わせ、隣家に伸びた枝は、小枝のある所で切り詰めています。 木と木の間は何も支障になるものがないので、木陰を作れるように枝張りを残しています。

 

 

横から見た状態 1

横から見た状態 1

横から見た状態 2

横から見た状態 2

「透かし」の中では「野透かし」というやり方が一番自然な剪定法ですが、今回は、できる限りそれに近いやり方で行いました。下は、剪定を待ちきれずに住民の方が行った剪定ですが、現在市内で行われている剪定も同じようなやり方です。このようなやり方は「剪定」とは呼びません。これはただの「枝打ち」です。発注の仕様がそうだとしても、専門知識や資格を持つ技術者と一般の方のやり方に大した変りがないというのは悲しいことです。住民の方には申し訳ありませんが、比較のためのサンプルとして、今回剪定したイチョウと両方の成長過程を観察していきます。落葉樹の真価が発揮されるのは、日差しの強い夏です。その時、透かし剪定の良さがわかるのではないかと思います。

 

 

住民の方の剪定

住民の方の剪定

能代市街の剪定

能代市街の剪定

イチョウは、初めからブツ切り剪定を考えて植えられているようなところもあります。ケヤキのように、自然形を活かした剪定はあまり見たことがありません。下は、街路樹と比べて制約のない市内の公園ですが、このイチョウとケヤキの姿に、樹木に対す先入観がよく現れているように思いました。樹形を活かした管理がされているケヤキと、それほど伸びてもいないのにブツブツと切られてしまうイチョウ。木の大きさはさして変わらないのですが。

 

 

公園のケヤキとイチョウ

公園のケヤキとイチョウ

自然樹形のイチョウ

自然樹形のイチョウ

市内で、自然樹形のイチョウの街路樹を見つけました。広々と枝を伸ばしています。このぐらいの枝張りがあれば、道路や歩道にも木陰が出来て、歩行者や車に涼しさを与えることが出来るでしょう。樹木の木陰は天然のクーラーです。
すぐ隣にはブツ切りのイチョウがありますが、ここは是非残していただきたい景観です。(この街並みのことを書いた新聞記事があります)。

 

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伸び伸びと枝を伸ばすイチョウ

伸び伸びと枝を伸ばすイチョウ

素直に伸びた柔らかい横枝

素直に伸びた柔らかい横枝

 

能代には、ケヤキ公園という、街路と公園が一体となった素晴らしい景観もあります。ケヤキがケヤキらしい姿で保存されている素晴らしい所、この前後の街路樹もケヤキで統一されています。またバイパス沿いには、延長日本一といわれる黒松街道があり、市民の愛好家の皆さんが里親となって手入れをしています。
この二つは、樹木と街と人が共生する理想的なまちづくりだと思います。
同じ街路樹でも扱いにこれほどの差が出るのはどうしてでしょう。こんな姿をイチョウやプラタナス、トウカエデなどの他の街路樹にも求めるのは無理なことでしょうか。

 

 

ケヤキ公園

ケヤキ公園

黒松街道

黒松街道

 

 

 

終わりに

 

今回剪定した所は町の「市(いち)」が行なわれる場所で、昔から親しまれている通りです。月の5,10のつく日には歩行者天国になって、たくさんの買い物客で賑わいます。そんな場所ですから、景観ばかりではなく、出店の人、買い物をする皆さんに心地よい木陰を残してあげたいと思いました。
役所の担当者の方には、これで次の発注まで待つのではなくて、この剪定をしたら木がどうなっていくのかを観察して、それに合わせた管理計画を立てていきましょうとお話しています。
仕事中は、毎日のように落葉の苦情を言いに来る方々の対応に追われました。正直な話、見るからに文句ありそうな顔でやってくる方を見ると逃げたくなります(笑)。言われることは決まって『もっと切ってくれ!』です。その度に、木から降り、なぜこんな剪定をするのかを一人一人に説明しました。実際の剪定を見せての説明なので、ただ話すよりも説得力があったようです。
落葉の苦情を話に来る人に景観や木との共生の話をしても、ただの綺麗ごとにしか聞こえません。どう言えば伝わるのか、仕事中、いつもそんなことを考えていました。実際にここに住んでいるのはこの方々ですから、このような声も大切にしていかなければなりません(どんな声かは付録の報告書にあります。)
人と木の共生は本当に難しいと実感しましたが、人と木の間で悩むのが植木屋の仕事です。
ありがたいことに、中には、「家の前の木を綺麗にしてくれた。剪定の仕方を教えてもらえた。』と、翌日一服を持ってきてくれた方もおりました。毎日、散歩の途中に労いの声を掛けてくれるご婦人もおりました。
伝わる人には伝わる、今伝わらない人にもいつか伝わると信じて、めげずに話し続けていこうと思っています。
現在、能代市内で透かし剪定が行われているイチョウは皆無です。
この剪定が、市の街路樹の剪定観を変える契機になってくれたら嬉しいと思っています。世界自然遺産白神山地のある街にふさわしい、名実共に『水と緑の環境の街」になるためにも。

 

冬の街路樹

 

 


 

付録

 

以下は、今回の工事完了後、役所に提出した報告書です。義務付けられているものではありません。次の剪定はいつになるか、私がやるかどうかわかりません。役所は移動がありますので今の担当の方がまた担当されるとも限りません。前回の剪定の状態や問題点などがわかれば、次にやる時にも役立ちますし、工事をされる方の参考にもなると思いました。
担当の方には、「そのまま棚に仕舞わずに、課の皆さん全員に見てもらってください。出来たら市長さんにも。」とお願いしました(笑)。

 

 

 

街路樹剪定報告書

 

工事概要

剪定目的

現 状

対 策

景観目標

剪定仕様(方針)

参考資料

施工写真(解説付き)

 

福岡造園

〒018-3123 秋田県能代市二ツ井町駒形字家の前38

TEL 0185-75-2033 FAX 75-2034

 

 

工事概要

 

工事場所   能代市二ツ井町 福祉会館前 市日通り 

工事期間   2006年12月19日〜2007年1月31日

剪定樹種   イチョウ  高さ10m内外 枝張り3m内外

本  数   総数24本 うち今回剪定22本(住民の方が2本剪定していたため)
剪 定 法   透かし剪定  詳細は別紙仕様による


 

 

剪定目的

 

「水と緑の環境の街」の実現に向けた、緑による美しい街並の景観づくりの実践。

樹木の健全な生長の補助。

歩行者や市日の買い物客への心地良い緑陰の提供。

夏季の緑陰による冷却作用を利用した舗装面の保護。

枝の伸張による近隣住宅や電線への支障、並びに、車両通行・除雪車の作業、歩行者の通行の支障に対する対応として。

近隣住民からの落葉の苦情に対する配慮。

 

 

現 状

 

前回剪定で太枝を強剪定(ブツ切り)したため、新芽が必要以上に萌芽、5年以上の未剪定期間を置いた結果、枝が成長、極度に混み合って樹形を乱していた。また、幹の太い所を途中で切り詰めたため、芯梢が数本林立していた。

枝の切り残しが多く、雑な切断が行われたため、切り口から腐りが入ったり、樹皮の正常なカルス形成を阻んでいた。

枝葉が異常に増えたことに加え、しばらく剪定が行われなかったことにより、落葉の量も増大、近隣住民に掃除の負担を掛けていた。

上記の状態により、樹木の速やかな生長が阻まれているとともに、街並の景観を乱し、地域住民による苦情が相次いでいた。

 

 

対 策

 

上記現状を修復する速やかな剪定の実施。

数年後を見越し、街並と樹木、時期に合わせた管理計画と、確たる景観目標に基づく剪定方針を策定する(専門書等の剪定仕様は東京が標準、気候の違う秋田では適応しないことに注意。能代の街並、二ツ井の街並と樹木に合わせた管理が必要)

苦情による受身的な剪定ではなく、樹木の生理を考慮しながら、計画に基づいた管理を行う。

良好な緑の街づくりや樹木管理が行われている他自治体との情報交換に努める。

課、市、県、国を超えた協議の場を持ち、街全体の緑の景観作りに対する共通認識を持つ。

市民に、緑の景観の必要性、街路樹の存在意義と効用効果を広く正確に伝え、理解を求める。

近隣住民の負担となっている落葉の処理と利用法を考える。

職員の緑に対する意識と基本知識の向上を図り、仕様の徹底のため、施工業者を厳しく指導できる人材を育成する。

担当者の移動に伴う引き継ぎを積極的に行い、課内の連携の保持に努める。

木は人間と同じ生き物であること、生きるために枝を伸ばし葉を付けていること、枝を切ることは木の命の一部を切り取ることであること、街並は市民の庭であること、人は緑の恩恵無しでは生きていけないことを深く認識する。

上記のことを踏まえ、「水と緑の環境の街」の実現に向け、今後の緑のまちづくり計画に活かしていく。

 

 

景観目標

 

この街路は、銀杏橋を挟み、樹齢600年を誇る銀杏神社へと続く道です。
街路樹は、交通、電線、住宅など、様々な制約の中で生きていく宿命を背負っていますが、そんな限られた空間の中でも、イチョウ本来の樹姿を最大限に活かせる、自然樹形に近い形で管理していくことが必要です。
樹木に街路樹の効用効果を最大限に発揮させつつ、人と緑がお互いに共生する形で、この街路にこのイチョウを存在させていきます。
それが、本当の意味での景観と呼ぶにふさわしい、美しい街並を作ることに繋がるものと考えます。

 

 

剪定仕様(方針)

 

以下は、現場を視察の上、樹木や時期、周囲の環境を考慮して、この樹木の今の状態とこの街並に合わせて考えた仕様です。

落葉樹は枝先のしなやかさが命。剪定法は、枝先を切り詰めない「透かし」剪定を採用し、落葉樹らしく、イチョウらしさを活かせるように柔らかに仕立てる。

枯れ枝等の芽の出ていない枝、幹や横枝から直立した徒長枝、上下左右に不自然に湾曲して伸びた枝は幹元、枝元から綺麗に切り取り、樹皮の早期蘇生の促進を図る。
また、切り口の切断面は水がたまらないように勾配を付けて切る。前回剪定での切り残し、住民の方が剪定して残した枝も綺麗に切り戻して修復する。

太い枝で抜く時は二度切りして切り戻す。(太枝を一度で切ろうとすると樹皮が裂ける。)

以前に幹から切られた箇所から芯梢が数本伸びているが、樹体としては現時点でバランスが保たれている。無理に一本立ちにすると著しく樹形を乱す場合もあるので、必ずしも1本立ちの直幹仕立てではなく、現在の樹形に合わせ、バランス良く数本に枝抜きする。
電線等に支障のない限りは無理に芯を止めず、芯の高さに合わせて樹冠を形作っていく。

 

 

以下、特に留意する点

 

〔車道側〕
除雪車の作業の支障にならないよう、高さ4m程度から下の枝は幹元から剪定、あるいは太枝から小枝が分岐する場合はその部分まで切り戻す。

 

〔歩道側〕
歩行者の支障にならないよう高さ2.5mより下の枝は幹元から剪定する

 

〔側面(樹木と樹木の間 )〕
夏期の緑陰確保のため、横枝は極力枝先を切り詰めず、混み合った重なり枝を外すのみとする。

※木は1本1本の樹形が皆違うので、数値はあくまでも基準、いずれの場合も、その木全体の樹形のバランス、街路全体の景観を見ながら樹冠を形作るものとする。

 

 


 

参 考

 

剪定中の市民の声

 

・「落葉の処理に困る (住民の奉仕で掃除、処分)」
・「ゴミ袋代を負担して欲しい。」

・「歩道に伸びた下枝で歩行の支障になった。(住民の方が自主剪定)」
・「もっと短く切り詰めて欲しい」

・「歩道の舗装が根で盛り上がり、心配。」
・「歩行に支障が出る前に何とかして欲しい」

 

 

現場での対応

 

ブツ切り剪定は枝の徒長を早め、葉の量を増大させるもとになるので悪循環。
徒長した枝を元から間引くことで、枝数を減らし葉の量を少なくする。
素直に伸びた横枝は成長も遅いので、樹形保持のためにも、通行や電線に支障のない程度にそんな枝を残す。
等、住民の方々に説明。

 

 

 

街路樹剪定のあり方に関する参考記事

 

・「街路樹は泣いている」隔月雑誌「庭」(建築資料研究社)162号、164号、166号、168号、171号 (市立図書館バックナンバー有り)

「残酷な剪定・他」「コラム豆畑の友」作家 中沢けい

「街路樹を考える」富山県 河合耕一(新樹造園)

「悲しいケヤキ「業種を超えた「人」と「人」との繋がりを 悲しいケヤキ〜その後」長野県 柳さおり(工房ジネン)

「街路樹について思うこと」秋田県 福岡徹(福岡造園)

以上

 

 

 

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