HOMEエッセイ・伝えたい心 > 「八郎太郎伝説」

「八郎太郎伝説」

秋田に伝わる民話に「三湖物語」という話がある。
秋田の三湖といえば、北から十和田湖、八郎潟、田沢湖。
八郎潟は琵琶湖に次ぐ日本第二の面積を持つ湖だったが、今は干拓され、わずかに残る残存湖が往時の姿を連想させる。

この八郎潟には、「八郎太郎」という主(竜)が住んでいた。
元は十和田湖に住んでいたのだが、ある日突然やってきた南祖坊(なんそのぼう)という法師との戦いに負け、八郎潟を作って住処にしたのだという。
また、田沢湖には「辰子姫」という、美女が化身した竜が住んでいて、二人はいつか恋仲になる。
八郎太郎は冬になれば辰子の待つ田沢湖に通い、八郎潟を留守にした。
そのせいか、八郎潟はどんどん浅くなって冬は氷に覆われたが、田沢湖は二人の愛同様にどんどん深まり、冬も凍らなかったというお話。
(ちなみに、田沢湖は水深423mで日本一深い湖(世界17位)。十和田湖は326mで第三位。)

 

さて、その八郎太郎伝説。
八郎太郎は鹿角地方で木こりをして暮らす、親孝行で力持ちの若者だった。
ある日、仲間三人でいつものように山仕事に行くと、この日は八郎太郎が炊事当番、一人先に山小屋に戻ることになった。
途中、渓流で岩魚を3匹見つけ、仲間と一緒に食べようと捕まえて帰る。
小屋で魚を焼き始めた八郎太郎だったが、美味しそうな匂いにつられ、つい自分の分を先に食べてしまう。
あまりの美味しさに、二匹目にも手を出してしまう八郎太郎。
残りは一匹。一匹だけ残してもしょうがないな、みんな、自分が岩魚を獲ってきたことなど知らないしな、食べちゃうか!
ということで、三匹全て食べてしまった。
すると、なんだかやたらと喉が渇いてしょうがない。
泉に行って水を飲むが、飲めば飲むほど喉が渇き、とうとう泉の中に入って飲み始めた。
ようやくのどの渇きも止まり、泉に映る自分の顔を見て驚く八郎太郎。
なんと、水面に映るその顔は、これまでの自分の顔ではなく、恐ろしい竜の顔になっていた。
なかなか戻らない八郎太郎を探しに来た仲間に、『オレは人間ではなくなった。もうみんなに顔を見せられない。」と別れを告げ、十和田湖を作って静かに暮らしたという話。

 

こんな話を、先日十和田湖の遊覧船の中で聞いた。
後日、風邪で寝込んでしまった私。
二日間飲まず食わずの末、ようやく食欲が出てきたので軽く発泡酒を一杯。
30分後、頭痛がぶり返した私に妻が一言。
(冷蔵庫に)一本しかなかったのに、一人で全部飲むからよ(私だって飲みたかったのに)!
わかっていたが、あんまり美味しかったので、つい。
ガンガン痛む頭を抱えながら言い訳。
食い物(飲み物)の恨みは恐ろしいのだ(笑)。

数日後、家族で出かけた際も、こんなことがあった。
一人お腹が空いたと長女がパンを食べ始める。
長女が美味しそうに食べるのを見た次女も欲しがるが、食い意地の張った姉はなかなかパンをくれない。
そこで八郎太郎。
竜になった話と父親の発泡酒の話を併せ、説得を試みる。
すると、驚いたことに、いつもはちょびっとしかくれない長女が、珍しく残りを全部くれた。
『お姉ちゃん、竜にならなくて良かったね。」とパンを戻すと
「もう要らない。全部あげるよ。」。
珍しいこともあるものだな。どこか悪いのかと聞くと、
「だってもう、お腹いっぱいなんだもん。」
あ、そう・・・。

八郎太郎伝説は、私の住む二ツ井町にも残る。
十和田湖から米代川を下り、八蔵山のある小繋地区にやってきた八郎太郎は、ここで川をせき止めて住処にしようとした。
驚いた八蔵の神々はシロネズミを使い、八郎太郎の作る堤の土手に穴を開けさせようと企てるが、逆に八郎太郎は猫を使ってネズミを退散させる。
困った神々は、猫を懐柔して繋ぎ止めようと画策、ネズミ達の仕事を助けようとする。
この時、この地に猫を繋いだということから、「猫繋ぎ」が「小繋」という地名になったというのは有名な話。
また、八郎太郎は、ここで力持ちの天神様と石の投げ比べをするが、この時太郎が投げたとされる岩が、米代川の中にある。
天神様の石は向かい岸の山(七蔵山)まで飛び、太郎の投げた石は川に落ちた。
この時天神様の投げた石が、八つあった八蔵の山のひとつを吹き飛ばしてしまったので、七蔵山になったという話。
そんな伝説が、明治天皇の恋文で有名なきみまち坂の石碑に記されている。

 

この話は、多少内容は違うが、北東北の各地に様々な形で残っているらしい。
鹿角には八郎太郎生誕の石碑もあるという。
どのような背景でこんな伝説が出来たのかはわからないが、一説には、実際にあった天変地異を八郎太郎の姿を借りて物語に表したのではないかと言われている。
八郎太郎が十和田湖を作る過程や南祖坊との戦いは十和田湖の火山活動の様子で、七蔵の白ネズミの話はシラス洪水を表しているのではないかというもの。
八郎太郎の活動範囲はかなり広いが、ゆかりの地には石碑や神社、地名が残り、ちゃんと話が繋がっているのが面白い。
中には、祭りの形になって伝わる所もある。
昔の人は、この物語を通して何を伝えようとしているのか。
地元の小学校や保育園では、昔から紙芝居や絵本などでこの物語を紹介するが、大人になって覚えている人は少ない。
今回、改めてこの話に接し、子供に読み聞かせ、子供と八郎太郎を探しに行ってみた。

 

七蔵山と米代川

 

写真は、きみまち坂から見た七蔵山と米代川。

 

白ネズミ伝説のモニュメント。
八郎太郎が投げた石、向こう岸は天神様を祭った神社。

 

白ネズミ伝説のモニュメント

 


 

→エッセイ  目次

Page top